2001年8月17日(金) 3日目:その1

3日目、長野県やまのうち→栃木県佐野市

発地 着地 都道府県 主要道路 距離(km) 時間 備考
山ノ内町 善光寺 長野 国道117号線 28 0:20 善光寺参拝
善光寺 横手山 長野 国道292号線 56 2:20 横手山山頂見学
横手山 草津温泉 長野→群馬 国道292号線 22 1:00  
草津温泉 佐野市 群馬→栃木
国道406号線
国道354号線
152 5:30 佐野PA泊
合計       258 8:50  


牛に引かれて善光寺参り

 とうとう、善光寺参りとなりました。予想どおり寝坊をして、おはらいは無理でした。というのも、夏至を過ぎると6:30からではなく、1時間早まって5:30からのおはらいなのだそうです。次に来たときやってもらうことにしよっと。

 7:00頃から善光寺の参拝をしました。天気も良く、参道にはちらほらと人が歩いています。暑くもないしちょうどいい時間に来ました。

早朝の善光寺本堂 山門からの眺めは額縁に入れたかのようで、遠くから来た参拝客を迎え入れてくれます。

 これは正面から見た善光寺ですが、実は奥に長いんです。1707年に完成した本堂は高さ30m、間口24m、奥行き54mで、江戸時代を代表する仏教建築とのこと。下の写真は本堂を横から見たところで、一番奥の内々陣の上にも屋根が付いています。正面から見える屋根は外陣、内陣の上に付いている屋根。通常は本尊が居てお坊さんが並ぶところが建物になっているわけですが、善光寺は、お参りに来た人達が座るところにも建物があるそうです。だから縦に長い。遠くから来る人達を心遣っての設計だそうです。

 善光寺は無宗派で、主に天台宗、浄土宗のお坊さん達が宿坊に泊まって法要しているとのこと。なので檀家寺と違って一般の人の御墓はないそうです。誰にでも開かれたお寺にしたかったとのことで、女性の参拝客が昔から多かったそうです。本堂の正面も、優しい面にしたとのこと。

 本堂を見たとき、以前行ったことがある、島根の出雲大社を思い出しました。出雲大社は本殿の周りに高い塀が巡らされているため通常の参拝では、とっても大きなかやぶきの、屋根、だけしか見えません。とても大きな屋根だけが見える、という奇妙さ、始めてみたとき、恐怖を覚えました。見たくても見られない本殿。この本殿の設計をした人が意図したものかどうかわかりませんが、数百年も後の私にでさえ恐怖感を感じさせた、神道の本殿を設計したディレクターは、すごいものだ、と思いました。

 比較して、善光寺は、下の屋根の真ん中がブタの鼻のように見えて、私にはとっても可愛らしく見えました。建物の周りもすぐ近くで周われるし、とっても親近感が沸きます。出雲大社のディレクターとは全く逆の考え方で作られ、無宗派を実践し続けてきた重みが感じられました。

 その後、お戒壇めぐり、というのを経験しました。本尊の真下に向かって階段を下って入ると、中が本当に真っ暗な通路を手探りで進みます。本尊と鎖で繋がれた錠前が中にあって、それに触ることができると来世の極楽往生が約束されるそうです。これが本当に真っ暗なんです。私は初めてなのですが、奥さんは修学旅行で一度経験しており、その時は人数が多くて結局探すことができなかったそうです。今回は時間が早かったこともあり、、、どうだったかは秘密にしときます。

 

 せっかく車で来たのだから、ナディア君にもお土産として交通安全のお守りを買いました。その後資料館を見学し、念願の「牛に引かれて善光寺参り」の意味をやっと知ることとなりました。昔、信濃国小県郷(いさがたごう)に女が住んでいて、軒端に布をさらしていると、どこからか牛がやってきて角に布を引っかけて走りだした。女が牛を追いかけて行くと、いつのまにか善光寺の金堂に来ていた。辺りは夕暮れで、牛のよだれが字となって歌が書かれていた。「うしとのみ 思い放ちそこの道に なれを導くおのが心を」。それを読んだ女は布の事は忘れて信心を深くしたが、後に近くの観音堂の観音様に、かの布がかかっていた。という話でした。不思議だなと思うのは、「牛に引かれて善光寺参り」という言葉だけはなぜか知っているということ。もしかして旅行代理店などの宣伝によるのでしょうか?

 参道の途中の喫茶店で珈琲を飲み、蕎麦屋でまたそばを食べ、善光寺を出発しました。街自体が善光寺を中心とした門前町という風格を残しており、やっぱり来て良かったなぁと思いました。

 さて、残り少ない時間です。次は「草津よいとこ一度はおいで」と言われちゃ行かないわけにはいかない、草津温泉に向かうことにします。


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